KDS-SD 桑沢デザイン研究所
スペースデザイン

吉本 考臣 / 佐野 茜

桑沢から建築の道へ

今年から昼間部では授業内容を調整し、建築法規の授業を新しく導入。国が指定した単位を習得することで、卒業と同時に二級建築士の受験資格を得ることができるようになった。今までは昼・夜間部どちらも、実務経験が 7年必要だったため、そのことが卒業後の選択肢や進路に少なからず影響していたかもしれない。そんな中、「建築家になる」という道を自ら切り開いてきた先駆者たちもいる。建築系の大学を経て受験資格はあったものの、桑沢で学んだのちに建築家の道へと進んだ卒業生や、夜間部卒で7年間実務を積んで二級建築士を得て独立した卒業生。彼ら/彼女らの抱いてきた想いや、桑沢だからこそ得られた学びとは。2名の卒業生に現在までの自身の道のりを振り返りながら、これから建築設計を目指す人へのメッセージを語ってもらった。

インタビュアー:大松 俊紀(スペースデザイン分野 責任者)

吉本 考臣

吉本 考臣
Takaomi, YOSHIMOTO

1984年北海道生まれ。日本大学生産工学部卒業後、桑沢デザイン研究所へ。2009 年スペースデザイン専攻科を卒業し、2009~13年東京の建築設計事務所、インテリアデザイン事務所に勤務。2013年には北海道に帰郷し、2015年に吉本考臣建築設計事務所として独立。住宅をはじめ、北海道の気候に合わせた案件にも取り組む。大学の建築学科で非常勤講師も務める。

http://www.takaomiyoshimoto.com

佐野 茜
Akane, SANO

2003年明治学院大学法学部卒業後、建設会社で勤務し、建築への関心が高まり、2007年に桑沢デザイン研究所スペースデザイン科へ入学。卒業後はゼネコン設計部を経て、2012~18 年8d 一級建築士事務所勤務。2018年にサノデザインオフィスを設立しオフィスビル・ホテルの設計、住宅や店舗のリノベーションなどを手がける。

佐野 茜

体系的にデザインを学びたかった

大松:まずは桑沢に入るまでの経緯を教えてください。

吉本:僕は大学の教育課程で都市の構築をするような学科にいたので、模型を作ることは多かったものの、実際自分が何をやっていのるか分かりませんでした。それで教授に相談した時に、より人間のスケールに近いものを作ってみたいという気持ちから、自分がインテリアに興味があるのが分かった。それで教授から桑沢を教えていただいて、入学を決意しました。

佐野:私は建築とは全然関係ない法学部を卒業したのですが、設計施工会社に就職して、建築家とお客さんを繋ぐ業務をしていました。建築家の方とお話するうちに、自分で設計する方が楽しそうだなと思って、仕事を辞めて。知り合いの建築家にどこかいい学校がないか聞いたところ、桑沢を教えてもらいました。それで受験を決めたのが経緯ですね。入学前、説明会に行った時に、相談ブースでお話したのが偶々大松先生だったんです。よく覚えているのは、デザイン脳になるまでに時間が要るという話をして下さったこと。当時私は 26 歳でしたが、実務経験が 7 年必要だから資格はすぐ取れないし、 30 歳を超えて設計事務所で働き始めると、しんどいよって言われたんですよね。

大松:そんな夢のないこと言ったっけ?(笑)

佐野:言っていましたよ(笑)資格はすぐには取れないけど、それでもいいなと思って。デザイン脳になるために時間が要るなら、資格学校に行っても意味がないですし。むしろ体系的なところからデザインを学びたいという気持ちがありました。入学してからも落ちこぼれで、何故今一人でやれているのかいまだに分からないですが。でも桑沢で培った自由な発想が、今の根っこになっているなと思っています。

空間とは何かを考えさせられる授業

大松:吉本は建築系の大学から来た訳だけど、桑沢で教えている内容と、大学で違いを感じましたか?

吉本:面白い授業が多かったイメージがあります。よく覚えているのは、ゴミを拾ってマッピングして分析していく授業です。

大松:そんなの誰が教えてたっけ?

吉本・佐野:大松先生ですよ!(笑)

大松:「渋谷パラサイト」という授業課題ですね。

吉本:最近自分の仕事で敷地調査へ行く時に、その課題が今でも周辺の見方の根底になっているのかもしれないと、ふと思うことがあります。ゴミ一つからでも周りにどういう人が住んでいるのか、子供がいるのかとか、知る手がかりになることに気づきました。あとは磯達雄先生のスーベニアの授業で、建築をいい意味でモノと捉え、モノに変換していくところが面白かったです。

大松:デザイン・設計演習の授業はどうでした?

吉本:本当に自由だった気がします。インテリアの授業で、東急電鉄とコラボして代官山の駅をデザインする課題があって、東急に直接プレゼンする機会をいただいたり。自由だけどリアリティがあるのは面白かったです。僕は他の友達と一緒にコンペに応募したりもしていました。先生にアウトプットするのも大事ですが、自分たちで何かしていこうという意識が強かった気がします。

佐野:私が授業で印象に残っているのは、メディア論の御手洗先生のサウンドスケープの課題です。学外に出かけていき、ある場所で耳を澄ませてみると、車の走行音や鳥のさえずりが聞こえてきて。それまでも聞こえていたけれども、普段聞こうと意識していなかった音があることに気付かされました。発想の仕方が面白かったですね。

大松:今二人が話してくれた授業は直接的に空間をデザインする内容ではないけれど、「空間って一体何だろう」と外側からもう一回見直してみる授業が当時は多かった気がします。

吉本:結局、実務で設計をやっていると、そういう授業が今になって響いているような側面はあります。僕は先程の話にもあったように当初インテリアデザインをやりたいという思いが強かったのですが、いざ入学してみると建築家の先生が多くて。授業を通して改めて建築の魅力を教わりました。授業がきっかけで建築の本を見始めると、かっこいいし、この事務所にいくにはどうしたらいいんだ、とか、オープンデスク *1 っていう制度があるんだ、とか。そういうのを知ったのも桑沢です。インテリアの授業も単にものを作るというより空間を作るという視点で考えるので建築寄りですよね。今考えると建築はインテリアデザインにも繋がっているし、両者を分ける必要もないけれど、建築の作品を沢山見るようになって、段々と建築の思考になっていきましたね。大松:確かに、桑沢はインテリアデザイナーを沢山輩出しているけれど、建築家はあまり出ていないイメージがある。それを変えようと、私が教えるようになってから17年間頑張ってきたところはあります。佐野は在学中から将来は建築の設計でやっていこうという気持ちはありました?

* 1…オープンデスク…一定期間設計事務所でインターン生として、就業体験を行える制度

佐野:そうですね、私はそもそも前職の時に建築の設計をしたいという気持ちで仕事を辞めているので。住宅を作りたいと思っていました。

身体のランドスケープ

身体のランドスケープ
佐野茜

独立までの道のり

大松:学校を卒業して、独立するまでの話を教えてください。吉本:僕は1年生の後半から2 年生の初めくらいにはもう独立すると宣言していました。桑沢は自分でデザインしたくなる学校なんですよね。30歳に独立すると目標を定めて、資格を取得しなければいけない時期を逆算してからは、ただそれに向かって突き進むだけでしたね。地元の北海道で独立することは決めていたので、寒冷地に対する建築のことを学びつつ、東京にいる間は色々な事務所で経験を積みました。東京ではコンペが多かったですね。二級建築士を取った後は北海道に帰ってきて、建築事務所で 3年程実務を学んで、管理建築士の資格を取って無事 30 歳で独立です。建築で独立するには、ターニングポイントや必要なものが山ほどあるので、目標を決めて逆算しないと遅れていきます。

佐野:私の場合は、設計事務所での手伝いや模型バイトをしていましたが、新卒という感じでもないし、どこの事務所へ入ろうかなと。そんなタイミングで、当時ゼネコンで派遣として働いていた同級生が、プロジェクトを抜けることになったけれど人手が必要だから、私に代わりにやらないか? と声をかけてくれたことがきっかけで入りました。大きい建物を皆で作る仕事は、それはそれで面白かったのですが、一から一人でできるものでは到底ないので、独立を見据えるともっと小規模なものを経験したいなと思って。新卒から付き合いのあった建築設計事務所へ雇って欲しいとお願いして、そこで7 年間働きました。木造、RC、鉄骨造と一通り経験したあたりで、そろそろ独立してみようかなと。

大松:7年働かないと二級を取れないからその設計事務所で7年は働こうと思っていたの?

佐野:いえ、二級を取ったのはゼネコンにいる時です。前職の設計施工の会社と、桑沢に入るまでに知り合いの設計事務所を手伝っていたので、それを合算して卒業後4 年ぐらいで受験資格である7年の実務に到達して受験しました。

大松:吉本は独立する時に何か不安とかなかった? 独立した時は一人?

吉本:一人です。前の事務所在籍時から独立すると言っていたので、その繋がりで独立してすぐは仕事がありましたが、 1 年くらい経つと無くなって。営業には困りましたね。デザインすることしか学んでこなかったので。どうやってコミュニケーションして、仕事を取るのかというところに苦労しました。

大松:吉本は独立した時は 30歳で、佐野はいくつで独立したの?

佐野:36とか 37ですね。

大松:不安はなかった?

佐野:全然なかったです。仕事があるから安心というわけでもないというか。

吉本:誰かの事務所ではなくて自分でやりたい! というフラストレーションはありましたね。

佐野:なんとかなるかなと思っていたら、今 4 年目です。独立したての頃は独立したことを周りに伝えると、仕事をいただけたりしますよね。その時にお世話になって繋がった人がいまだに繋がっていたりします。今は住宅が中心で、戸建ての改修なども多いです。昨年は小さなホテルとか、多治見のビルの一棟改修、住宅規模の内装会社のオフィスビルなども手がけました。

吉本:僕は独立してから今8年目です。軌道に乗るまでは、自分の仕事を目一杯やるためにもハウスメーカーの図面を描くなど、手伝いをしていた時期もありました。今は住宅に限らず水産加工場や美容室の仕事や、ニセコのコンドミニアムのホテルなど、北海道らしい案件にも取り組んでいます。

桑沢で鍛えられた発想力が支えに

大松:独立してから二人とも色々にあったにせよ、続けて頑張っているね。今振り返って桑沢で勉強してよかったこと、あるいは悪かったことはありますか?

吉本:桑沢にいた2年間はデザインのことしか考えていなかったです。とにかくやるしかないという気持ちでした。僕の世代特有かもしれないですが、学生の時の課題では直感的にデザインを進めることが多かったので、社会に出てからは特にその感覚を言葉と紐付けて、理論的に構築することに苦労しています。かっこいいものを提案しても、それに対して筋道を立てて説明するのが不得意で。学生時代のエスキース *2 とかプレゼンの時にその方法を学びたかったなとは思います。講評の時に先生たちは、学生自身が考えていないところまで解釈して論理展開して下さるのですが、先生たちが読み込むのではなくて、学生が自分から作品の深層部分を言葉でも表現できるようになった方がいいなと思っていて。そうすれば、今の僕はロジカルに考えられる人になっていたかもしれないなと。

佐野:それは私もわかります。感覚で進んできたのはあって。何となく分からないけどいい、みたいな。事務所に入った時に「それの何がいいのか説明して? 」と突っ込まれる。私はある意味その事務所で鍛えられましたけど、説明の部分も強いとお客さんへのプレゼンがしやすいですよね。

吉本:でも同時にそこを鍛えるのは桑沢らしさではない気もします。

佐野:そうですね(笑)。

大松:どういうこと?

吉本:綺麗なものとか、かっこいいものをただただ作ればいいという精神が、桑沢らしさだなと。

大松:今言われて思うのは、桑沢の非常勤の先生は建築家が多く、そのうちのほとんどが大学でも教えているので、桑沢の学生に大学の学生と違うことを求めている先生が多い。大学の学生の場合は、理論を組み立てることに注力し過ぎて形も固くなってしまう。だから桑沢で教えている先生は、それとは違う発想のデザインを求めてしまうところはあるだろうね。佐野:私の場合は、そもそもデザインの勉強をしていた訳でもないので、考え方のスタートはどちらかというと理論的なタイプです。雑誌の文章を読む方が理解はしやすくて、授業がぶっ飛んでいた感覚。でもその授業を経て、いざアカデミックな建築学科を経由している人たちの多い設計事務所に行ってみると、桑沢で鍛えられた発想力が他の人にはない自分の支えになっているところはあります。

吉本:建築業界では派閥があって、桑沢は業界内でもあまり知られていない。倉俣史朗さんや吉岡徳仁さんの名前を出すと、何となく分かってくれるぐらいです。桑沢って建築も学べるんだね、というのは第一に言われますね。

佐野:確かにお客さん含めデザイン系の人は知っているけれど、建築系の人にはあまり知られていない。かといってあんまり建築の教育に寄りすぎてしまうと桑沢らしさがなくなってもったいないなという気もします。

吉本:僕の在籍していた当時も資格を取りたいけど取れないので未来が見えない、といったような話題はありました。7 年で二級を取って、そこから4 年で一級を取っても最低 11年の歳月がかかる。20 代前半で入ってきた人が、そこを目指すかというと目指せなかったりしますよね。昼間部で建築士が取れるようになったのであれば、どんどん建築家を輩出してほしいとは思いますね。

大松:それは君たちにもかかっているよ(笑)。さっき派閥の話もあったけど、建築業界でやっていくことの難しさや次の世代にはこうなってほしいという理想はあります?

吉本:まず人材がいないですね。僕のところもアトリエ系で給料もそんなに払えない事務所ではありますが、それを経て、自分でやっていこうという意識を持つ学生の絶対数が少ない。僕らの世代は自分でやってやる! という人が多かったので、そこが 1番の課題かなと。今の学生を見ていると現実的で、生き急いでいる感じもある。彼らは建築の概念というより、ディティールに興味を持つ傾向があるような気がします。リアルで作れるものにまず惹かれるというか。桑沢はそれとは逆で、思想をしっかり持ち、自分がかっこいいと思うものから発想していく。でもどうやって作るかはわからない。むしろそういうところで葛藤してほしいです。

佐野:私は最近建築で独立している色々な人とプロジェクトでコラボすることが多くて。〇〇アトリエ出身とか、どこ大の院卒とか、肩書きが根強い業界だと感じますが、それ以外の人も出てきてはいるので、少しずつ自由になりつつあるとは思います。

別軸であることが強み

吉本:僕は大学でも教えているのですが、桑沢寄りの教育をしています。自由に考えて、あとから作る手段が追いつけばいい。桑沢のその流儀があるから今自分の特殊性が出ていると思います。そこが自信になっている。

佐野:業界の体質として、所謂学歴によって人物像やデザインを判断されるようなことがあったとしても、桑沢は良い意味でそこから外れている立ち位置なので、そういう業界の主流からは別軸であることがむしろ強みかと。だからこれからも他と比較できない存在でい続けて欲しいなと思っています。業界とかキャリアのことは避けて通れないものではあるけれど、そこと切り離してデザインのことを学べる環境が桑沢にはあると思うので、学生にも安心感を持って来て欲しいですね。

大松:最近の学生は特に自信なさげに卒業していく傾向はあるね。授業内でも酷評されればされるほど萎縮しちゃって。君らの代はまだ言われても言い返す元気があった。佐野がさっき言ってくれたように、桑沢は有名な大学とは違う立ち位置でいるから比べられても困るというところに自信持ってほしいんだけどね。私たちはちょっと違うよ、ってね。

吉本・佐野:うんうん、そう思います。

大松:その自信をもとに、二人が設計する上で一番大切にしているのはどんなことですか?

吉本:僕は施主の要望が沢山ある中で、まずは自分の考えをぶつけてみて、それからバランスを取っていく手法をとることが多いです。こんなアイデア見たことないと言われたりもします。でも一般の人が想像できないところを見せる。最初から普通だったら、そこから擦り合わせていく時に、最終的に普通以下になってしまうので。だから非現実的であっても、まずはやりたいことを提示するようにしています。

佐野:私も少し被ってしまうのですが、自分に言い聞かせているのは、施主の要望を一旦無視すること。要望はお客さんの想像の範囲内だと思うので、何でその要望なのかを辿っていくと全く違うことが影響していたりするじゃないですか。あとは、一つ要望通りのものを作ったら、それとは関係ない自分の思い通りのものも同時に持っていくこともよくします。無視はしていませんよ、と(笑)。全然違うものを出してみたらそれが良かったこともあるので、そういう意味で言葉通りに受け止めないというのは、ある意味桑沢らしさなのかもしれませんね。

根拠のない自信

大松:大学でも教えている非常勤の先生の中に「この授業で最低限教えなければいけないことは何ですか?」と聞かれることがあって。「桑沢はそういうのありません」と答えるんです。大学の建築だと授業をするために最低限こういうことを教えなきゃいけないとかあるんだけど、桑沢ではできるだけそういうものを無くしたい。自由なのか無責任なのかわからないけど(笑)、その辺は大切にしたいな。建築そのものの概念的なところを考える力はすごく鍛えられるから、あとは卒業後、建築に落とし込むための実務的なところは自然と補っていけば良いのではないかな。

吉本:さっき自信の話があったけど、僕と佐野さんは自信だけで生きてきたようなところがあるよね(笑)。

佐野:超落ちこぼれだったのに(笑)。

吉本:いやいや、でも自信を持ってないと進めない世界だからね。特に、実務的な能力がないうちは、デザインに対して自信がないと辛いことがいっぱいある。そこを乗り越えられる自信をつけてくれたのが桑沢です。

大松:自信を持って卒業するためにはどうすればいいと思う?吉本:僕の場合、在学中から周りを意識していました。入学当初からPCソフトを使いこなしている美大出身の同級生もいて、その人たちに勝たなきゃいけないという競争心が結構ありました。少人数だからこそ、そういう人たちに勝つためにコンペ獲ろうとか色々考えていましたね。

佐野:今の学生は考えすぎなのか、先生の言うこと聞きすぎなのか。

髙平:僕が通っていた時はクラスメイト同士で、喧嘩になるんじゃないかっていうくらいディスカッションがありました。お互いものを知らない中でやっていたので今思うと恥ずかしいですが。デザインについて考える時間が濃かったように思います。そういう自発的に沸き出てくるものは、効率とかを考えずに大事にして欲しいなとは思いますね。

吉本:桑沢で教わって、僕自身も学生に伝えていることは、「物事を考えたりデザインをするのは人間にしかできないことだ」ということ。実務で計算して面積を出すのは AIも学習すれば出来る。だから学生にはデータで面積が超えていたとしても、いいデザインができればそれでいいと言っています。住宅一個作るといっても、楽しいところって全体の10%とか20% しかないんですよね、実際。それ以降は金額や素材などの細かい調整になっていく。だから頭を使って考える 20% の部分をいかに楽しむか。その部分を最後まで満足できるように試行錯誤していければいいんじゃないかな。だから桑沢ではいかに社会で教えてくれない部分を研ぎ澄ましていけるかが大切な気がしますね。

大松:そうか、じゃあまたゴミ拾いやろうかな……。

吉本:やった方がいいですよ。だって僕学生に言いますもん。ゴミ拾いしてサーベイしてマッピングして最後にダイアグラム作るんだぜって。

佐野:さっきのどうしたら自信持てるかを考えていたんですけど、学生のうちは方法論ではなく、思想や思考法を身につけるのが大切。結局はそれが根拠のない自信に勝手になっていくし、桑沢で学ぶ意味なのかなと思いました。

大松:そう言われるとますますゴミ拾いやらないとな。普通の大学では学ばないようなことを学ぶから、やはり自分たちは違うと思えるんだろうね。

吉本:やっている最中は面白くないんですけどね(笑)。でも今になってそれがサーベイとかマッピングに結びついている。気づくのが遅いけど、時間が経ってからこそ気づくところなのかも。

アンビルド

アンビルド
サノデザインオフィス

自信がないからやらない
という選択肢はない

大松:これから建築設計の道を少しでも考えている人に何かアドバイスはありますか?

吉本:建築が好きという気持ちを高めるのと同時に、その気持ちを信じて行動してみた方が良いと思いますね。オープンデスクでは、僕は頭の堅い建築家のところには行かずに、可能性を信じて柔軟にやっている人のところに行っていました。

大松:私も学生の時そうだったけど、根拠のない自信って大事だよね。

吉本:学生の時なんて自信持てることといったらデザインしかないですよね。僕も桑沢を卒業後、夜遅くまで仕事している事務所で働いていて辛かったけど、自分は桑沢で学んできたんだぞ! と、この人を超えてやるくらいの気持ちは持っていましたね。

佐野:私は卒業した時点でデザインへの自信はなかったですけど、それでも何とかなるでしょと思っていたし、自信がないからやらないという選択肢もなかった。やりたいならやればいいんじゃないと思いますね。人生一度きりだし。実務が 7年あって困るというなら、インテリアも建築もやっているような事務所で働いて経験積めばいいと思うし、7年働いて何かを我慢しなければいけないわけでもない。

吉本:そもそも進みたいというより、進むんだって思わないとやっていけない世界かな。

佐野:私は、強い意志があってというより、乗せられてきた感じはあります。だから興味の向くままに、軽い気持ちで色々足踏み入れてみたらいいのにと思ったりしますね。それで違ったらやめればいいんです。

吉本:色んなことをやってもいいと思うんですけど、最終的には一本通ったものがある方がいいと僕は社会に出てから気づきました。夜間コースにいた時は、周りも野心的に色々やっている人が多かったので、自分もそういうところに引っ張られていた部分はありますね。今後昼間部で資格が取れるとなったらどうなっていくのでしょうね。

大松:コース選択の時に資格取れることをあまり前面に押し出さなくても良いとは思っていて。というのも、国家資格取れるならスペースデザインを選択しようというような意識だと長続きしないから。資格は後からでもいい話なので。

佐野:隠している方がかえっていいかもしれないですよ(笑)。私も当時大松先生から資格取れないけどいいの? と言われた時には、強気だな! と思っていました。

大松:じゃあこれからも隠していくか(笑)。

吉本:今日の対談の意味ないじゃないですか(笑)。

大松:それでは、今日のインタビューはなかったということで。

オンラインインタビュー

オンラインで行ったインタビュー。上段左が大松先生、右が髙平先生。下段左が吉本さん、右が佐野さん。吉本さんは自身の設計事務所で、佐野さんは担当物件の現場でインタビューに応じてくれた。
(2022年5月20日実施)